Ⅰ 現代日本語研究会(現日研)小史
1977年 発足
1980年 「女性による研究誌『ことば』」発刊
1981年~1984年 共同研究:国語辞典の総合的研究
1985年『国語辞典にみる女性差別』(三一書房)刊行
1993年~1994年 東京女性財団補助金 共同研究:職場における女性の話しことば
1994年 15号から研究誌に冠していた「女性による」をはずす
1997年『女性のことば職場編』(ひつじ書房)刊行
1999年~2002年 共同研究:職場における男性の話しことば
2002年『男性のことば職場編』(ひつじ書房)刊行
2006年「ことばとジェンダー賞」-寿岳章子さんを記念してー創設
2011年『合本 女性のことば・男性のことば(職場編)』(ひつじ書房)刊行
2011年~2016年 共同研究:日常生活の話しことば
2016年『談話資料 日常生活のことば』(ひつじ書房)刊行
2018年6月『今どきの日本語 変わることば 変わらないことば』刊行
2018年8月『女性のことば職場編』と『男性のことば職場編』の談話コーパスを、『現日研・職場談話コーパス』として国立国語研究所「中納言」上で公開
2019年3月 日本語会話教科書『そのまんまの日本語』刊行予定
Ⅱ 現代日本語研究会の目指すもの
現代日本語研究会では、語彙の分布や変遷、ことばとジェンダー、談話分析、日本語教育研究など、会員がそれぞれの研究テーマをもって、いろいろな事象を解き明かそうとしています。そういった研究は、研究のための研究であってはいけない、何かわかったからそれでいいと自己満足に終わるだけのものであってはいけないと思います。ことばは人間そのものです。社会そのものの反映です。ことばの研究は人と社会とを切り離しては成り立ちません。その当然のことを常に意識しながら研究を続けたいと考えています。研究して論文を書いておしまいというのではなく、その結果を社会に戻したいということです。
この研究会は、1977年に出発しました。当時女性の研究者は今に比べたら非常に少ないものでした。大学院も少なく、大学院に進む人も、大学院を終えて専門職や大学で教職に就く人もごくわずかでした。大学や研究所に属している人でなければ研究する機会はほとんどありませんでした。
また、当時、日本語の研究対象の主流は、歴史的に残された文字文献によるもので、たとえば、古典作品中の和語と漢語の含有率の研究とか、中世から近世にかけての文法の変遷とか、江戸時代の人情本の語彙の研究などといったもので、現代日本語を研究対象とする人は少数派でした。「現代語なんて日本人なら誰でもしゃべってるんだから学問の対象にはならない」と、ある江戸文学の教授は言っていました。
そういう中で、現代の日本語を研究しようとしても、周囲には研究会もないし、身近な指導者もいませんでした。それでも今のことばの実情が知りたくて、わたしは修士論文で現代語の可能表現を取り上げました。今でいう「ら抜きことば」です。新聞や雑誌など現代語の資料に基づいて、何とか書き上げて、大学の研究会で発表しました。そのとき、聴講していた高校の国語教師のMさんが、「そういう現代のことばの研究をしたいのですが、適当な研究会があったら紹介してください」と発言しました。わたしは答えられませんでした。実際、周囲にそういう研究会は存在を知りませんでしたし、あるかどうかも知らなかったからです。すると、その時大学院の指導教官であった市川孝教授が、「そういうものはないと思うけど、ほしかったら自分たちでつくればいいんですよ」とあっさり言われました。今だったら、さまざまな会や団体や会社を気軽に作っていますが、当時、そういう発想はありませんでした。NPOもないし、ベンチャー企業などもない時代でした。まさに目からうろこでした。そのことばに押されて作ったのがこの研究会です。大学教員などの専任職のない非常勤講師、高校教師、ジャーナリストなど同じ志の人を互いにさそいあって、女性7人で研究会を始めました。研究室もないので、あちらこちら集会所や区民センターのようなところを転々としながら、月に1度ぐらいずつ集まっていました。
そのうち、ただ、自分たちが研究して発表して討論しているだけでは発展性がない、研究誌を作ろうではないかという案が持ち上がりました。その結果1980年12月に研究誌『ことば』が誕生しました。研究会をつくることを勧めてくださった市川先生は、創刊号に次のように書いてくださいました。
‥‥‥国語研究において、文献的言語を対象としたオーソドックスな研究ももちろん重要であるが、それと同時に、身の回りの言語事実を凝視して、そこに見いだされる課題を研究するという生き方も捨てがたい。‥‥‥既成の文体論や表現論などにあまりとらわれずに、自由に発想し、大胆に構想すればよい。現代日本語研究会の方々に斬新で意欲的な研究の続行を期待したい。(「『ことば』の創刊号に寄せて」『ことば』1号 1980 p1)
こうした期待と激励を背に生まれた『ことば』も今年で39号になりました。初めは「女性による研究誌」と誌名の上に冠していましたが、15号からはただ「研究誌」だけの冠になりました。男性の研究者も参加するようになったからです。
研究会として最初に出版したのは『国語辞典にみる女性差別』(三一書房1985)です。6人の共同研究として、5冊の国語辞典を丸ごと読んでみました。すると、語釈の書き方、用例の文章、語の選び方などいろいろなところに女性差別があることがわかって驚きました。辞書はもっと公平なものだと考えていたからです。国語辞典を研究対象とすることがあまり考えられていない時代でしたので、世間からも注目されました。その後、東京女性財団の補助金を得て、共同研究「職場における女性の話しことば」を始めました。これが『女性のことば職場編』(ひつじ書房1997)となり、2002年には、『男性のことば職場編』(ひつじ書房)へと続きました。
2006年には、「ことばとジェンダー賞」-寿岳章子さんを記念してー」を創設しました。2005年に亡くなるまで、本研究会の会員として、夏のワークショップで含蓄のある講演を続けてくださった壽岳章子さんの遺志を継ぎたいという思いからです。
2016年には、2011年から2016年にかけて行った共同研究をまとめて、『談話資料 日常生活の話しことば』を刊行しました。
そして、2018年夏には、『女性のことば職場編』と『男性のことば職場編』で公開した談話資料コーパスが、国立国語研究所の「中納言」上で『現日研・職場談話コーパス』として公開されるに至り、それを記念したシンポジウムも開かれました。
今後も社会の中のことばを追い求め、成果を社会に還元する研究会としてコツコツと歩み続けたいと願っております。(2019/3/06遠藤織枝記)