現代日本語研究会
RSS

第30回 現代日本語研究会ワークショップ報告

第30回 現代日本語研究会ワークショップ報告

 

第30回(2021年度)のワークショップは、2021年7月3日(土)と4日(日)にZoomを用いたオンラインで実施した。今年は初めてのオンライン開催であることから、発表者は会員に限定したが、参加者は会員・非会員問わず広く募り、82名(うち会員17名)の参加申し込みがあった。

ワークショップの初日は、壽岳章子さんについての口頭発表と、最近のことばとジェンダー研究の動向について意見交換が行われた。意見交換は、話題提供者の発題をもとに、コメンテーターや参加者が活発に意見を交わした。

2日目は、口頭発表が5本行われた。ジェンダーに関する発表や、自然会話の話題について分析した発表、日本語と中国語の対照研究についての発表があり、活発に議論された。最後に、現代日本語研究会代表から研究会の紹介と入会案内があり、ワークショップはお開きとなった。

第30回ワークショップの日程および研究発表の要旨は次の通りである。

 

2021年7月3日(土)

研究発表

遠藤織枝 日記から知る壽岳さんの若き日の研究生活

意見交換

最近のことばとジェンダー研究の動向

司会:三枝優子

話題提供者:遠藤織枝、加藤恵梨

コメンテーター:佐々木恵理、河合真美江(朝日新聞社)

 

2021年7月4日(日)

研究発表

斎藤理香 Language Governmentalityと「女性語」

孫琦   日本語のオノマトペに翻訳される中国語表現の諸相

―中国現代小説とその日本語訳を対象に―

吉甜   日中同形同義語の相違から見る日本語における和語と漢語の使い分け

方敏   文脈関連性からみる話題選択

―初対面からの縦断的な会話をもとに―

牛晶   依頼の前置き表現に見られる配慮言語行動に関する一考察

―日本語と中国語の対照研究の観点から―

 

 

研究発表要旨

 

 日記から知る壽岳さんの若き日の研究生活

遠藤織枝

  壽岳さんの1941~1946年、1952~1958年の日記から、自然に対する繊細な感受性・東北大学での戦時下の学生生活、小説の読後感・戦後の日常生活・多方面の映画評など、多くの趣味を享受しながらどん欲にたくましく生きた若き日の壽岳さん像を読み取ることがで きる。今回は、その中でも、京大大学院時代から西京大学(後京都府立大学と改称)教員時代にかけての国語学全般に対する盛んで猛烈な研究生活の部分に焦点を絞って報告したい。

 

Language Governmentalityと「女性語」

斎藤理香

Language governmentality「規律権力による言語“統制”政策」とは、言語政策学 (language policy studies)の中で使われている用語で、もともとはミシェル・フーコー Michel Foucaultが権力論を論じる際に使った用語governmentalityを言語政策の問題に援用したものである。本発表では、この用語を使って近代日本の「女性語」政策について論じた拙著The Language of Feminine Duty: Articulating Gender, Culture, and Covert Policy in Modern Japan (Peter Lang, 2021) を簡単に紹介し、さらに現代日本においてもlanguage governmentalityが作用しているかについて考察する。現代日本におけるlanguage governmentalityの事例はまだ思案中だが、ジェンダー平等の観点から、男性ジェンダーあるいは女性ジェンダーだけに特化した言葉(たとえば、「母親食堂」「女子力」など)が批判されたり、逆にそれらの批判に対して言葉狩りだと非難が向けられたりする現象などを取り上げられればと考えている。

 

日本語のオノマトペに翻訳される中国語表現の諸相

―中国現代小説とその日本語訳を対象に―

孫琦

 中国語原作の文学作品にみられる様々な表現形式が、日本語訳ではオノマトペで対応していることに注目して考察を行った。これまでのオノマトペ研究は日本語原作の文学作品を対象にしているものが多く、今回のような逆の場合の研究はほとんどない。本発表は原作が中国語の文学作品の翻訳に現れる日本語のオノマトペを中心に実例を集めた。対象としたのは、中国の現代作家郝景芳(ハウジンファン)の小説2作品で、それぞれの日本語翻訳版に見られるオノマトペの用例に対応する中国語原文の表現を考察する。日本語の擬音語に訳された用例は中国語でも擬音語で対応している場合は多いが、擬態語においては中国語ではさまざまな表現形式をとっているため、その実態を解明して、日本語の擬態語が中国語ではどのような表現で対応しているかをパターンごとに整理した。その中に、特に中国語の四文字熟語と日本語のオノマトペの関係を取り上げた。本発表の研究対象は以下の2作品である。

① 原作:《北京折叠》(《孤独深处》郝景芳 江苏凤凰文艺出版社2016)

翻訳版:『北京 折りたたみの都市』(『郝景(ハオ・ジン)芳(ファン)短篇集』郝景芳著, 及川茜訳 白水社2019)

② 原作:《去远方》(《去远方》郝景芳短篇小说集 江苏凤凰文艺出版社2016)

翻訳版:『遠くへ行くんだ』(『中国語現代文学』22号 中国現代文学翻訳会編 ひつじ書房2020)

採取した120例のうち、日本語のオノマトペに訳される場合の中国語表現は以下の8パターンが見られた。

1.擬声語(19例)2.AA型(29例)3.AABB型(8例)

4.AA〇〇、〇〇BB型(5例) 5.ABB型(4例) 6.一~型(11例)

7.ABCD型熟語(13例)8.その他(31例):形容詞(22例)・動詞(7例)・フレーズ(2例)

日本語のオノマトペから中国語の翻訳を考察した先行研究で指摘されている翻訳のパターンとほぼ一致する結果となった。特に特徴的に表れている中国語の四文字熟語と日本語のオノマトペの対応を中心にさらに検証した。武田みゆき2001:110では次のように指摘している。「中国語には、日本語の擬態語にあたる文法用語がないとの指摘がある。擬態語は、感覚的な性格をもつものであるが、中国語の表現が、「-地」で状語を作るという生産性の高いこと、補語表現や四字成語の頻用が日本語の擬態語を用いた表現を代替していることも、特に擬態語として意識させない理由にあげられる。」日本語の擬態語に対して中国語ではさまざま形式をとっていて、生き生きとした表現にすることができる。中国語では小説に限らず、新聞の紙面などにも成語を含む四文字熟語が盛んに使われる。文章に深みを与えたり、表現に彩りを添えたりすることができ、まさに日本語のオノマトペに近い働きをしているといえる。作品に見られる多くの実例、例えば「头晕脑胀」(くらくら)、「迷迷糊糊」(うとうと)、「怒气冲冲」(かんかん)のように、翻訳におけるこのような対応を考察することによって、日中両言語の特徴がより一層明らかになった。

中国語の四文字熟語がオノマトペに訳されない理由についてもいくつかの理由が挙げられる。対応するオノマトペがないため訳せないのか、それとも対応するオノマトペはあるが、文脈に合わないため訳されないのかなどの場合がある。文体に影響されることや、書き言葉や話し言葉による制約、恣意的にオノマトペに訳すのかそれとも必然的な対応であるかなどについて、異なる翻訳本の用例を比較して、翻訳者による訳し方の工夫について今後は調べていく。作品のジャンルや作家によって、中国語の重ね型や四文字熟語を多用するかどうかも視野に入れて考えたい。

参考文献

武田みゆき(2001)「中国語にみる共感覚比喩についての一考察 : 擬音語の擬態語化をめぐって」『ことばの科学』14 p.110名古屋大学言語文化部言語文化研究会

 

同形同義語の相違から見る日本語における和語と漢語の使い分け

吉甜

本研究は、(1)のような日中同形同義語の使用の相違から日本語における和語と漢語の使い分けを明らかにすることを目的とするものである。

(1) a.她的爱着我。

b.×彼女の愛が私を包囲する

c. 彼女の愛が私を包み込んだ

和語と漢語の使い分けに関する研究は、同形同義語の日中対照研究において議論されている。これらの研究には2つの主張がある。一つは、日本語において和語と漢語は文体的な差を持つという主張である。もう一つは、文体的な差だけでは和語と漢語の相違点を説明しきれないという主張である。本研究は、(1)の言語現象に基づいて、後者を支持している。

(1)は、動作動詞の同形同義語「包囲する」と“包围”の例文である。これらは日常生活で使用される文ではなく,改まった文体の文として使用される。従来の指摘に基づけば、(1b)は改まった文体の文であるため、「包囲する」が使えるべきであるが、実際の言語現象では、(1b)は日本語として成り立たない。

本研究は、(1)のような言語現象を中心に、日中同形同義語の使用の相違から、日本語における和語と漢語の使い分けを明らかにする。具体的な方法としては、まず、中国語の大規模コーパスから、(1)のような言語現象の実例を収集する。次に、収集した実例を同形同義語の使ったまま日本語に直訳し、その日本語文の自然さを母語話者により判断してもらう。不自然と判断される場合、母語話者による訂正を行う。最後、日本語母語話者の判断と訂正を量的に分析する。

このような分析の結果、日本語における和語と漢語の使い分けは, <スル的>な事象か<ナル>的な事象かということによって行われていることがわかった。

 

文脈関連性からみる話題選択―初対面からの縦断的な会話をもとに―

方敏

本研究は、初対面から4回目までの会話を対象にし、話題がどのように選択されるのかを解明するものである。具体的には、2つの観点を分け、それぞれ分析を行う。まず、話題選択源に着目し、先行話題との関連性の有無により分類し、各分類の出現数と割合を調べ、話題選択のストラテジーの使用傾向を解明する。そして、各分類の話題の種類を分析し、話題選択の内容と話題選択ストラテジーのつながりを解明する。

その結果、初対面会話では、先行話題には関係のない新出型はよく選択される。2回目以降の会話では、先行話題の内容や発話により誘発された派生型、文脈無関連の再生型の使用率が高くなり、主な話題選択ストラテジーになる。各分類の話題内容について、初対面会話では、どの分類も三牧(1999)の初対面話題選択スキーマに該当するものが多く選択される。よって、初対面会話では話題選択のストラテジーより、話題内容が重視されると言える。そして、2回目以降の会話では、現場の事物に関するものや外見に関するものは、新出型で選択される。また、「宗教」「家族」「出費」などプライバシーにかかわる話題の多くは、派生型で選択される。なお、プライバシーにかかわるものは一旦参加者によって許容され、話題として選択されたら、「再生型」の形で再度導入されうる。

 

依頼の前置き表現に見られる配慮言語行動に関する一考察

―日本語と中国語の対照研究の観点から—

牛晶

「わきまえ」は日本語の配慮言語行動の基盤にあるものであり、日本の曖昧な文化の一部分である。これまでに、前置きに見られる日本語の配慮言語行動には既に言及されているが、本研究においてロールプレイのデータを比較した結果、日本語母語話者間と中国語母語話者間で聞き手側の期待する前置き配慮言語行動が異なることが分かった。さらに日本語と中国語の依頼に対する前置き表現に見られる配慮言語行動の特徴、および、目的達成との関係性が明らかとなった。日本語の配慮言語行動は、定型的な表現によって相手にこれからの話を推察してもらおうとする「わきまえ」が特徴であり、それは文化的意味に属する「対人的配慮の前置き表現」を反映している。それに対して、英語や中国語は積極的な聞き手の関与の「働きかけ型」の傾向があり、自分の意図をきちんと伝える「目的達成型」が優先される。中国人が無配慮と思われかねない行動も、日本語とは異なる中国語の談話展開のスタイルの影響を受けている可能性があると考えられる。

 

現代日本語研究会ニュース:現代日本語研究会 » 第30回 現代日本語研究会ワークショップ報告