現代日本語研究会
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2023年度 現代日本語研究会研究集会報告

2023年度 現代日本語研究会研究集会報告

2023年7月16日(日)にオンラインによる研究集会を開催した。会員・非会員合わせて約50名の事前参加申し込みがあったが、当日の参加者は30名前後であった。
研究集会では、8件の研究発表(会員による発表4件・非会員による発表4件)と意見交換会が行われた。口頭発表では、音声・文字・語彙・文法・談話各側面の使用実態等にもとづく研究成果の発表がなされ、参加者からの質疑を通して議論が交わされた。意見交換会では、「英語圏における人称代名詞使用の現在」と題する二つの報告を受け、呼んでほしい代名詞としての「they」表示等について、inclusive Languageの観点から話題提供者と参加者が意見を交わした。
2022年度まで3日間あるいは2日間の日程で「ワークショップ」を実施し(計31回)、コロナ禍の2021・2022年度は臨時的にオンライン形態で開催したが、会員への意見聴取を経て、今年度より研究発表を主とする「研究集会」として毎回オンライン形態で開催することとした。日程および研究発表の要旨は次の通りである。

【日程】

7月16日(日) 9:30〜16:35

【研究発表】

孫琦(早稲田大学) 「太宰治はどう「すごい」を表現したか―『正義と微笑』を対象として―」
李坤(浙江師範大学) 「「を」格の不使用と過剰使用に関する一考察―前接詞が助

詞の場合を中心に―」

彭津(東京外国語大学大学院) 「質問―応答連鎖における感動詞「いや」―第3の順番位置を中心に―」
遠藤織枝(元文教大学) 「「男と女」か「女と男」か」
羅君晗(拓殖大学大学院)

 

「形声文字の音符に対する調査―中国人日本語学習者のため―」
羅麗華(東華理工大学学部) 「日本語会話におけるオノマトペの男女差―日本のバラエティ番組を中心に―」
李海琪(浙江大学大学院) 「性別による上昇下降調の使用調査―日本人学生間の会話を中心に―」
方敏(東華理工大学)

 

「中国親友同士のオンライン会話における遊びの対立―自ら対立を開始する怼(dui)を中心に―」

【意見交換会】

情報提供とディスカッション「英語圏における人称代名詞使用の現在」

話題提供者:阿部ひで子(コルビー大学)、高宮優実(アラバマ大学バーミングハム校)

【研究発表の要旨】

「太宰治はどう「すごい」を表現したか―『正義と微笑』を対象として―」(孫琦)

日常生活において普通ではないことを取り立てて表現する言い方が、「すごい」「メチャ」「超」に続いて、「激」「極」「神」「鬼」など、インパクトのある表現がさまざまな場面で使われている。本発表は太宰治の『正義と微笑』という作品を通して、特に程度の高いことを強調する表現について考察する。「ブログに近い」と今の若者に人気の太宰の作品から、583例の程度表現の用例を集め、先行研究の分類に従って整理した。豊かなニュアンスをもったことばで綴られる『正義と微笑』は、演劇を志す青年の日記で、一人称の語り口で人生に悩む若者の心情を伝えている作品である。若者の喜びや苦悩する複雑な心情を豊かなことばで綴るこの作品から、バラエティーに富んだ強調表現が見られ、副詞など語彙の種類が多いだけでなく、程度表現の連続使用で畳みかけるような表現法や、読点の多用も特徴的であるといえる。同時代の作家である志賀直哉の代表的な三つの短編小説との比較も行った。

「「を」格の不使用と過剰使用に関する一考察―前接詞が助詞の場合を中心に―」(李坤)

本発表では主に中国語母語話者日本語学習者の「を」の不使用と過剰使用の誤用データを手掛かりに、前節詞が助詞の場合、「を」の後接の可否および学習者の誤用要因について検討してみた。結果は以下のようになる。①学習者の過剰使用は主に「格助詞」と「とりたて助詞」に集中しており、不使用は主に「並列助詞」と「とりたて助詞」に集中している。②格助詞、並列助詞の誤用は主に低学習歴に集中しているが、とりたて助詞の誤用は学習歴の増加につれ、誤用率も上がっていくようになる。要するに、学習歴が長くなっても、とりたて助詞に「を」の後接の可否は習得しにくい文法項目である。③格助詞と並列助詞の場合、学習者の誤用は主に文法ルールを理解できていないことが原因である。④とりたて助詞の場合、学習者の誤用要因は文法ルール違反、名詞成分と述語との関係の混乱、「を」の後接の有無によって生じた意味的違いの不理解という三つが考えられる。

「質問―応答連鎖における感動詞「いや」―第3の順番・位置を中心に―」(彭津)

本発表は,質問―応答連鎖における第3の順番及び第3の位置での発話冒頭に先行質問話者が感動詞「いや」を用いて相互行為上で何を達成するかについて会話分析の手法を用いて考察する.調査データはコーパスからの自然雑談会話である。分析の結果,質問―応答連鎖における第3の順番・位置での発話冒頭に置かれた「いや」は、遡及的に先行質問について①理由説明を予示する,②やり直しを予示する,という2つの働きを持つことがわかった.理由説明の予示に用いられる「いや」は,先行質問話者が先行質問に含まれる何かしらの不適切性を認めつつ,先行質問の産出動機について理由説明の行為を予示することができる.やり直しに用いられる「いや」は,第3の位置での自己修復開始の前置きとして,先行質問に対し聞き手が何らかの理解のずれが生じた際に,「いや」を用いて聞き手の理解のずれを否定しつつ自身の先行質問をやり直すことができることがわかった.

「「男と女」か「女と男」か」(遠藤織枝)

結婚したカップルを古い日本語では「メオト」と言い、「女夫」「妻夫」と表記したが、現在の日本語では「夫婦」と表記される。「女夫」「妻夫」など女が先にくることばを「女先語(おんなさきご)」、「夫婦」など男が先に表記される語を「男先語(おとこさきご)」と名付けて、「女先語(おんなさきご)」の復活と、状況に応じて、「女先語(おんなさきご)」も「男先語(おとこさきご)」も使われることが望ましいことを主張する。それらの例として「女男」と「男女」、「妻夫」と「夫妻」を取り上げる。前者としては、フランスの「女男平等大臣」という大臣の呼称として「女男」が存在し、現代日本語にもこの語が存在することを述べる。後者では、妻の名前を先にしたいというカップルを紹介する新聞記事に「中村M子・K男さん妻夫」と「妻夫」の語が登場した。しかも「妻夫」の語は漢書にも節用集にも見られる語で、古来存在した語であった。

「日本語における形声文字とその音符の読み方に対する調査―中国人日本語学習者のため―」(羅君晗)

本発表の調査目的は、「形声文字とその音符の読み方について、中国語では不一致で、日本語では一致しているものがどのくらいあるか(精/青・愁/秋)。あるいは逆に、中国語では一致していて、日本語では不一致のものがどのくらいあるか(億/意・液/夜)。」である。『常用漢字表』では形声文字の数が足りない為、「現代日本語書き言葉均衡コーパス」における『BCCWJ文字表』に収録されている文字を調査対象とする。形声文字の判断は漢和辞典による。調査の結果は、中国語では不一致で、日本語では一致している割合が24%で、逆の場合は6%であった。日本語では形声文字とその音符の読み方が一致している割合は65%であった。中国語は47%であった。日本語の割合が高い。その主な原因は、日本語の音韻体系は中国語に比べて簡素な為であると考えられる。中国人日本語学習者の漢語読みの習得に活かせるのではないかについては実証的な検証が必要だと思われる。 

「日本語会話におけるオノマトペの男女差―日本のバラエティ番組を中心に―」(羅麗華) 

本研究は、2023年1月1日から2023年2月6日までの4話の約267分3秒の『月曜から夜ふかし』のビデオを選び、ビデオに現れるオノマトペ語を抜き出し、Excelで表を作成して音象徴、形態や語彙選択などの視点から男女の間で比較を行い、分析して考察した。
考察の結果は以下の点を明らかにした。まず、男性は清音のオノマトペ語の使用が好むのに対し、女性は濁音のオノマトペ語を多用する傾向がある。次に、女性より男性のほうがオノマトペ語使用上の形態の種類が多く、また、男性はABAB型とABCB型、AッBリ型のような形態のオノマトペ語を多用するのに対し、女性はABAB型とAッB型、AッBリ型のような形態のオノマトペ語を比較的多く使用する傾向が見られた。更に、男性は副詞と述語として使用されるオノマトペ語が多く、女性は副詞と動詞として使用されるオノマトペ語が多い。最後に、使用頻度の最も高い2語のオノマトペのうち、「めちゃくちゃ」を使うのは男性しかなく、女性は同じ意味である「めっちゃ」を使うのを好む。

「性別による上昇下降調の使用調査―日本人学生間の会話を中心に―」(李海琪)

現在男女を問わず、上昇下降調の使用が観察されることが明らかにされたが、上昇下降調の使用率の性差に関する実態調査が不十分である。本稿は話者の性別に着目し、日本語を母語とする学生同士の会話における上昇下降調の使用率を考察した。『BTSJ日本語自然会話コーパス』2022年版を利用し、日本語母語話者の大学(院)生同士18名が異性の友人との9会話(合計約2.5時間、平均約17.5分)において、文中の文節末における17種類の助詞に現れた上昇下降調を聴覚印象で判定し、各話者の上昇下降調の使用率を計算した。カイ二乗検定と分類木分析を行った結果、全体的に女性話者の上昇下降調の使用率(12.2%)が男性話者の上昇下降調の使用率(7.6%)より高い傾向が見られた。本稿は会話における上昇下降調と性別の関連性に注目し、日本人学生が異性の友人と話す時、男性と比べ女性のほうがより頻繁的に上昇下降調を使う傾向を調査によって明らかにした。

「中国親友同士のオンライン会話における遊びの対立―自ら対立を開始するdui)を中心に―」(方敏)

本研究では中国親友同士のオンライン会話における遊びの対立である怼(dui)に着目し、それを「自ら相手に対立を表明するもの」と「相手に対立を誘発するもの」に大別し、前者を研究対象に、怼(dui)の対象及び遊びの合図を示す特徴を考察した。なぜ前者を対象にしたかというと、ボケに突っ込んだような後者より、通常の会話で突然相手に自ら対立を表明すると、発話者には相手を批判する意図はなくても、相手に傷つけてしまう可能性が高いからであろう。その結果、まず怼(dui)の対象は「所有物」「才能」「遂行」「性格」「思考」「行動」に分かれ、そのうち相手の「行動」に対する怼(dui)が最も多く、約6割を占めており、怼(dui)の対象の分布が偏っていることが分かった。次に、怼(dui)を遂行した側が「これが所詮遊びだ」という合図を示すために、一貫性を欠いた前後矛盾の言語行動や遊戯性を示す絵記号類や話し方を変えるスタイル・シフトにより冗談のフレームを構築していることが観察された。

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